付属校のむずかしさ(明大中野中学・慶應高校出身 中崎塾・中崎一樹)

人間にとって一番酷なことは目標を持てなくなることなのかもしれない。

いつもお支え頂き心より感謝申し上げます。
目黒中崎塾・目黒慶應研究会(目黒教室・市が尾教室)中崎一樹です。

今日は明大中野高校の学校説明会ということで、12時より13時過ぎまでチラシを配布させていただきました。
平日にも関わらず大勢の保護者の方々がいらっしゃっていました。大変お疲れ様でござました。

私は明大中野中学→慶應高校と進学し、慶應大学経済学部にて学ばせてもらいました。
良く、なぜ受験したの?と聞かれるんですが、

目標が欲しかった

ということが大きいと思います。
始めは学校で1番になりたい!と思っていたのですが、一度叶えてしまうと「攻め」から「守り」の勉強へと変わってしまい、なんか息苦しいなーという感じでした。

そこで、どうせ努力するならチャレンジだ!ということで、両親に再び受験することを許してもらい、慶應高校への挑戦を中学3年生の6月からスタートさせました。
遅すぎる受験スタートで、今でもたまに夢でうなされます。今度は、慶應高校をやめて東大を受験していて、「掲示板になまえがなーい!」ガバッッと起き上がって、東大受験してないよな俺、と結構真剣にホッとするんです。受験してから25年たった今でも、そんな夢を見てしまうくらい結構ハードな受験生活でした。

高校生活は水球部にも所属させてもらい、エグイけどバラ色!の毎日でした。
目標はとにかく日々を生き抜くこと、でした。それくらい練習はきつくて、充実していました!

でも、実は人生で一番きつかったのは大学2年生の時かなーと思うんです。
この19歳から20歳にかけての1年間だけ、僕は人生の目標を見いだせずにもがいていました。

リスクを取って新たなことにチャレンジするということ、すなわち、背水の陣を引き目標を達成するという成功体験を中学受験・高校受験と繰り返してきた自分にとって、慶應という学校は、どうやってもリスクの取りようがない学校、で、お釈迦様の手から飛び出ようとする猿のごとく、大海の様子をうかがおうとする水族館のイルカのごとく、何かを探そうと躍起になっていました。

その後は島田晴雄先生のゼミにお世話になったので、充実した大学生活でした。
でも、先輩のご理解、そして、島田先生のお情けで入れてもらったようなものでしたから、ついていくのは中々に大変でしたね。

組織や人に守られすぎてしまって何もするべきことを感じられない状況って、キツい!

って19歳から20歳の時の経験で本当に思いました。

あとは、

親を含めた他人は結果でしか判断「でき」ない。「努力の価値」を実感できるのは自分だけ。

ということは司法試験に3回落ちたときに痛感したのですが、これはまた別の機会。。。

付属校に通うということは本当に酷なことかもしれません。
入るからには入った後のイメージを強く持って、流されないように決意と覚悟をもって入学してくださいね!

以上です。
お読みいただきましたこと心より感謝申し上げます。

中崎一樹

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