ブログ記事「授業に入る前に既に授業は終わっている!」代表・中崎一樹

いつもお支えいただき心より感謝申し上げます。

今日は塾は他の先生にお任せして、私は神社の泊まりのバイトにお伺いさせてもらっております。奥様は研修のため京都なので、家で一人も寂しいですからね。

中崎家に新しい家族が加わりました!

グレートデンのルビー(オス)です。

※生後2ヶ月で8kg!さすがグレートなやつだ!!!

今日は、塾に通って来てくださっている皆様、これから私の塾に通ってくださる皆様へのメッセージです。

そう、

ジムに入る前に既にトレーニングは終わっている。

いや違った。。。

塾に入る前に既に勉強は終わっている。

ということなのです。

昨日、授業が終わった後、家の目の前にあるジムで奥様と待ち合わせをしました。

21時までで、20時8分に市が尾に到着、1分でジムについて、私は受付で奥様より水着を受け取り、一緒に終了間際のプールへGO!奥様と一緒に水に沈んでジャンプアップするという泳ぎの基礎を一緒に練習して、ビート板を使ってのバタ足の練習をして、それから私が奥様の腰を支えての蹴伸びの練習をして、最後に支えをとっての蹴伸びからスクッと立つ練習をして、20時45分に終了し、お風呂へGOで帰って食事して寝る、というイメージが既にジムに着く前、電車の中で私の頭の中では繰り返されていて、既にジムについた時にはいわゆる「終了した」状態です。あとは物理的に体を動かすだけなのです。もちろん、コミュニケーションや相手の状態でイメージを修正してゆくという作業が入るので、イメージ通りにはいかないですが、そのイメージ通りに行かなかった点を次回の練習イメージ作成の際に活かしてゆくので、段々とイメージと実際が密着してゆきます。

ただ、昨日は本当に奥様に申し訳なかった。私がジムで待ち合わせね、といったこともあって、奥様はマシンジムの方だと思ってしまっていて、わざわざC4まで飲んで来てくれていたのです。奥様は私のジムエクササイズがキツイのを知っているので、奥様は奥様なりのイメージを作ってジムで待っていてくれたのですが、私の方はプールのイメージしか作っていなかったので、十分に対応できず、申し訳なかったですね。奥様は私はマシンジムが日課なのを知っているので、昨日は授業で忙しく行けなかったのでということで、ジムを優先してくれたのですが、私は奥様をスイスイ泳げるようにしてあげたいなーということで、自分の日課よりも水泳を優先しようと思ってしまっていて、こういうイメージの相違はお互いに対する思いやりからくるものですから、家族としては大変素晴らしいと思います。。。と何を言っているのか。。。

妻と一緒にエクササイズやプールができるのも人生で後何回あるのかなーとか思うと寂しくなってしまいますね。。。

さて、長々と脱線しましたが、そうなんです。

我々は既に死んでいる。

いや違います。

塾に入る前に既に勉強は終わっている。

のです。

もちろん私は指導者なので、生徒一人一人の状況を把握していて、授業のイメージをそれぞれの生徒ごとに持って都度の授業に臨みます。たとえ他の先生に任せている生徒であっても、代表である私が持っているイメージを担当者に伝え、すり合わせた上で授業を行ってもらいます。授業のイメージは現状と目標到達地点から作られるわけですから、その目標に関しては生徒一人一人とすり合わせをします。教室の中で生徒と何気ない会話・雑談をしているように見えますが、概ねこの「目標の設定」とイメージの修正のための会話です。っていうか、それ以外の話をしている時間的余裕はないんですね。

習い事をするのにはまずは、その場所のトップの人に直接習わなくてはいけない、というのが私の塾経営者としての見解なのですが、それはこのイメージの想像、実践、修正というプロセスを責任者として直接行っているからだと思っています。ただし、このイメージの想像、実践、修正というプロセスを自分自身でできるようになった場合には、自分の目標レベル以上を達成した経験を持つ先生に授業を担当いただくことが大切になって来ます。ただそれはいわゆる「想像、実践、修正というプロセス」のもとに授業をしていただくということではなく、「盗む」という次のプロセスの話です。理3に行きたければ理3の先生から「盗ま」なくてはいけません。

今まで理3の方や文1の方、慶應大学の医学部生、東工大の先生に授業をご担当頂いて来ましたし、これからも授業をご担当いただけるように私自身も自己研鑽をしてゆきます。皆さん超エリートの先生方ですので、ご担当いただいている生徒の個々の目標の把握、イメージの想像、実践、修正というプロセスは、私が伝えるまでもなく実践いただいております。ただ、やはり、経験則というのは時間とともに蓄積されていくものですので、私が20年近い教育者としての経験則から判断する個々の生徒に対するイメージを飲んだり食事をしながら各先生方に伝えることで、さらに隙のない授業をしていただいていると自負しております。

また、結構脱線していますよね。。。

申し訳ない。

ここまでの話は、要するに、ここの生徒の授業にあたり、授業開始前には既に授業のシミレーションが講師サイドでは終わっています、ということです。

で、やっと本題です!!!

どうしましょう?次回に回しましょうか

もう、村田戦が始まってしまいます!!!

でも、一生懸命書いちゃいますね!

このタイムスケジュールにリミットを設け、切迫感を持たせる!そのリミットが自分に対するご褒美であれば、すっごいパフォーマンス上がりますよ!ってまた脱線だ!

で、最後です。

先生がイメージを作って授業の望んでくれているのだから、自分は委ねればいいや、という生徒は、申し訳ないけれど、学力の向上はあまり望めないんですね。これは集団塾や個人塾でも一緒で、もっと言えば社会に出ても一緒だと思います。やらなきゃいけないことが決まっていて、なんでも自由にやってもいいという状況ではないからこそ、その中で自分自身の力で自由を勝ち取り、積極的に自分でその授業時間をコントロール=支配してゆくためにも、先生が自分自身に用意してきた授業イメージを超えるイメージを持って授業に望まなくてはいけないし、そのイメージとイメージのぶつかり合いが、先生の自分自身に対する評価をあげ、さらなる密度の濃い、内容のある授業を勝ち得ることができるわけです。

ちなみに、先生が準備してきたイメージよりも低いイメージを自己イメージとして主張し、先生の自分に対するイメージを下げることで、自分をセルフマネジメントしていると勘違いしている生徒も散見されるのですが、サボりたい、逃げたいという気持ちもわかるのですが、それ以上に自分の自尊心を自分で削り取っていることになるのになーと切なくなります。

この指導者が用意した自分に対するイメージを下げる処世術を身につけてしまう危険性があるのが、幼い時から大人の社会にいる生徒達です。そばで大人のズルさを見てきてしまっているので、やむを得ないと思うのですが、幼稚舎や初等部の保護者の皆様は正直特に注意してお子様を導いてあげて欲しいです。中等部生もかな。。。

受験生じゃないからそこまで必要ない

とか、

勉強で苦労しなように下から入っている

とか、

勉強以外のことをする余裕があるように下から入った

とか子供がいうようになってしまったら、要注意かと思います。

一度、正当っぽい理由=大人の言い訳を主張して、下げてしまった学問に対する自己イメージを持ち上げるのは、本当に大変です。

私自身も、慶應高校から慶應に入りましたが、たかだかその程度で、

高校で勉強する必要はない

と言い切っていましたので、本当に死にたいくらい恥ずかしいですし、タイムマシーンがあるなら戻って殴り倒してでも1日2時間は勉強継続させますね。。。

そういう失敗を生徒達にはしてほしくないんです。

なので、生徒達にはどういうイメージを持って、この授業に臨んだのか、は確認しますし、もっともっと、「エグいこと」を自分自身に課してゆけるように、私自身も日々努力して背中で伝えてゆきたいと思っています。

以上です。

今回は本当に長くなってしまいました。。。

もう、比嘉選手の試合が始まりますね。ウェイトオーバー無念です。

でも、ここからですよね。応援します。

村田選手!必勝です!!!

お読みいただき誠にありがとうございました。

目黒中崎塾・目黒慶應研究会

代表社員 中崎一樹