有形力の行使・暴言以上に「強力に」人間を破壊する方法 by 目黒中崎塾 中崎一樹

皆様いつもお支え頂き心より感謝申し上げます。
今日も、沢山の生徒たちと学べておりますこと心より感謝申し上げます。

先日、乙武さんが出ていらっしゃったアメバTVの番組で「体罰」について取り上げられていました。令和2年4月に児童福祉法等の改正法が施行され、体罰が許されないものとして法定化されます。それにあたって、厚生労働省は「体罰等によらない子育ての推進に関する検討会」を開き、準備を進めています。その中で、2019年12月3日に同検討会より指針案が示されました。

指針案は、体罰を「身体に苦痛、不快感を与える罰」と定義したうえで、「どんなに軽い体罰も禁止」としました。具体的には、頬をたたくことや長時間の正座、ご飯を与えないことなどは「体罰」にあたり、危険回避のために手をつかんだり、制止したりすることは「体罰」に当たらない、とされるそうです。

【参考】体罰等によらない子育ての推進に関する検討会 https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/other-kodomo_554389_00010.html

来年4月に施行する改正法では「言葉や態度によって戒める行為」は禁止対象外とされたようですが、検討会委員からは「言葉による暴力も体罰と同列だ」との意見が相次いだようです。指針案の中では「生まれてこなければよかった」などの発言や辱めて笑いものにする言動など、子供の心を傷つける行為も心理的虐待として禁止されたり、子供の権利を侵害したりするとされました。

【参考】日本経済新聞社 https://www.nikkei.com/article/DGXMZO52914380T01C19A2CR8000/

法律的にみれば、身体に対する有形力の行使や精神的な自由への侵害が「原則」として許されないのは当然で、たとえ親子関係があったとしても、親だから許される、ということはありえません。

ここで、「親」というキーワードで暴行を正当化する一つに、「儒教」という概念の「悪用」があげらる。江戸時代、階級社会をゆるぎないものとするために、悪用されてきた「儒教」は、「親」「子」という階級については今なお「悪用」され続けていると私は自身の実体験からも認識しています。

ただし、私は、身体に対する有形力の行使については「例外」を認めるべきであると考えています。子供が人の道を外れたときに殴ってやれない大人は大人としての存在価値がない、ようにも思うのです。

一方で、精神的自由への侵害、すなわち、「心」への侵襲については、例外を認めるべきではないと考えています。皆様ご存じのとおり精神的な自由は一度傷つけられてしまうと経済的な自由に比べ民主的な過程において回復が遅いといわれています。まして子供は、民主制の過程に参加するチャンスに乏しいわけですからなおさらです。我々大人はとにかく子供たちの「心」を守ってあげなくてはなりません。

「心」への侵襲については、「目にみえにくい」という点に細心の注意が必要です。直接的な暴力・暴言はわかりやすいく、対処もしやすいのです。このように法律が厳しくなってゆく中で、その網の目を潜り抜けるように心への侵襲も巧み化してゆくことが予想されます。いったい自分が何を言われているかわからないうちに、気がつけば心がぼろぼろにされてしまっている。

そうならないためにも、「心」への侵襲行為に対して明確な基準を持っていなくてはなりません。

何が心を傷つける言葉なのか

案外私たちは気が付いていないものです。ひょっとして気が付いているんだけど、傷ついているという事実を認めるのが怖くて気が付いていないふりをしているのかもしれません。。。

自尊心

だと思います。人は「自尊心」を守るためには自ら「死」を選ぶこともあります。傷つける側からいえば、相手の「自尊心」さえ傷つければ、相手の心を破壊し、相手を殺すことが出来るのです。自尊心とはよく使われる言葉で言えば、プライドというものです。生き方や信念、自らの頭と足で築き上げてきたキャリア、鍛え上げてきた肉体、他人から見れば「つまらないもの」かもしれないが、我々はそんな「つまらないもの」にしがみつかなければ生きていられないくらい「弱い」生き物ではないでしょうか。

私を殺そうと思ったら簡単です。10年以上続けている筋トレを否定され、人生をかけて取り組んできた教育方針に疑義を唱えられ、商売を守り続けるために抱えてきた孤独を揶揄されれば、おそらく私の心は死ぬでしょう。

現に、そんなに鍛えてどうするの、あなたの教育方針はおかしい、間違った生き方をしてきたから友達がいない、などまあまあ言われることがあります。知人や生徒の保護者の方々も手厳しいです。

皆様、死にそうになりながらも、私はなんとか生きています。

ここがポイントで、自分が何にしがみついていきているのか、すなわち自分のアキレスけんは何か、ということを自分でしっかり把握しておくことが出来れば、そのアキレスけんをかみ切ろうと攻撃してくる「言葉」に対して、しっかりとガードをあげてブロックすることが出来るわけです。

頭のいい人間は相手のプライドのよりどころを見極め、言葉巧みに攻撃してくるわけですし、実は「自尊心」を攻撃することこそが、直接的な暴力・暴言よりも強力に相手を壊すことが出来る方法でもあるわけですが、法的に保護するのが難しい領域でもあります。

俺のプライドが傷つけられた!

といって訴えても中々不法行為構成をとるのは難しいのではないでしょうか。
だからこそ、まずは攻撃される前に自分が何をよりどころにして生きているのか、しっかりと認識することが大切なんだと思います。

逆に、私たちは絶対に相手の自尊心を傷つけるような行為をすることは慎みましょう。それは人を殺すに等しい行為です。

以上です。

お読みいただきありがとうございました。

中崎一樹

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